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■「秀ヤンの書き歩き」№78

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■「秀ヤンの書き歩き」№78  2014・02・6

  ◎指宿の歴史家を訪ねて

指宿市湊2丁目にある、創業95年の馬渡写真館二代目・馬渡成貴さん(89)を訪ねた(現在は三代目が経営)。さすがに写真館を守ってきた人らしく、年代を追って懐かしい写真を示しながら、指宿の昔の一端を聞かせてもらった。
戦前から戦後、果ては指宿が生んだ豪商・浜崎太平次の話まで話が及び、89歳とはとても思えぬしっかりしたお話にびっくり。戦争に翻弄された青春時代を、はっきりとした口調で話された。
戦前の話。指宿に当時県立中学が1校しかなく、喜入から頴娃までの広い範囲から学生が集まっていた。その級友の中で後の特攻隊員になる予科練を10人が受験、成貴さんだけが不合格となり8人が戦死、1人が不時着した。自分1人が今こうして生き延びている、という話では胸に迫る思いがあると話された。当時の若者の気質が、現代の若者とはかけ離れていることを感じさせられた。戦前の中学の写真には、学徒出陣ではないが、足のスネに常に「巻ききゃはん」を付けている様子が記録されていて、緊迫した時代背景が垣間見えた。

馬渡さん

 また、写真家らしく指宿を訪れた有名人には積極的に面会を申し入れ、写真を撮影させてもらったことも自慢の一つという。昭和30年、30歳の時、岩崎ホテルに宿泊した小説家・洋画家の有島生馬や、画家の海老原喜之助らとも面談し、写真を撮らせてもらったと話された。

海老原・有島
   海老原、有島氏らの当時の写真

父の書
    成貴さんのお父様の書「無邪気」書かれている

 戦後復興した指宿は、新婚旅行のメッカと言われたが、あれは岩崎ホテルが出来てからの話で、新婚旅行に来たカップルが開聞岳山麓に記念植樹をしたのがブームになった、と話した。その時代にかなりの賑わいがあったが、現在はご承知の通りと懐かしんだ。

写真館全景

 現在写真館は三代目が継いでいるが、成貴さんは今年中に昔撮った写真を店内に展示して個展を開きたいと話す。親父さんの時代を含め、もうどこにも残っていない貴重な写真を見てもらいたいと話した。是非拝見させてもらいたい。

★★カット
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